|

筑西市夏風物詩
祇園祭り子ども神輿の紹介です。
各町内、立派なお神輿がアルテリオ周辺に集合しました。
撮影の際はご協力ありがとうございました。感謝。
各町内のお神輿の下にコメントを入れました。
これは、下館駅前で渡御のとき、町内紹介アナウンスした内容で、
観光協会より提供されたものです。
アトランダムに掲載させていただきました。
町会の子ども神輿はどれをとっても見事だねぇ。

新花町
新花町は、曹洞宗「妙西寺」から下館駅西側踏み切りまでの
旧下妻街道沿いに発達しました。通りには古くからのお店が続いています。
妙西寺には、市文化財加波山事件志士の墓や板谷波山のお墓があります。
また、踏み切り近くには、
文化勲章受賞者の森田繁先生の石碑があり、
「いつもいつも渡った踏み切りだった 佇で見る西の空」
と、直筆で彫られています。
近年、町内の少子化が進んでいますが、それでも町内の子どもたちだけで
御輿を出すことができるのは、大変幸せなことと思っています。

栄町
この御輿は、東京浅草宮本重義の作で、昭和55年に作られた御輿です。
それまでの御輿は「喧嘩御輿」と言われた暴れん坊御輿でした。
今は小さいお子さんからお母さんまで、揃いの半被で一緒に楽しむ「栄若」の御輿です。

薬師町
薬師町は駅前西寄りに所在しています。
現在の御輿は、約20年前に町内の有志により、東京浅草の御輿師から購入しました。
さほど大きくはありませんが、胴の彫りは唐獅子牡丹の白木造りで、
粋なお御輿です。
昨年新調した半纏を身に着けて、筑西市となって初めての連合渡御に参加しました。

荒町
筑西市子ども御輿の先頭は、荒町です。
大きな拍手を持ってお迎えください。
荒町は、江戸時代奥州街道の交わる十字路を中心に、
戸数90戸、約300人の町です。
荒町も年々子どもの数が少なくなってきていますが、
親戚の子どもたちも集まり、荒町の町内全員で筑西市の夏祭りを盛り上げ頑張っています。

東町
東町は駅前の小規模な町です。
子どもの数も少なく、御輿を出すのも大変です。
しかし、御輿が大好きな昔の若者と、スポ少柔道やJCの子どもたちが力を合わせて頑張っています。
何をするにもまとまりがあることが、東町の自慢です。

八丁台
ドラえもん神輿は、今年で21年目を迎えました。
当時の八丁旭子ども会は200名余りの大所帯で、
一基の神輿に子どもたちが群がり大変な騒ぎでした。
そんな子ども達に夢と感動を与えてくれたのが、ドラえもん神輿です。
ドラえもん神輿は、今年も子ども達の夢と希望と交通安全を託して、
連合渡御に参加しています。

南町
南町の子ども神輿は、派手な色合いではありませんが、
落ち着きがあり、毎年連合渡御にも参加しており、貫禄も十分です。
半纏を見ていただければおわかりのように、
子ども用・大人用・そして南友会とそれぞれですが、
これで調和を取り、夏祭りの雰囲気を出しています。
神輿は子ども達の思い出作りに、そして健全育成につながるよう、
南友会を中心に、町内が一体となって取り組んでいます。
元気で仲良く、楽しいわっしょいカーニバルに参加でき満足です。

泉町
池澤夏祭り実行委員会の下、5月から準備を重ね
『子どもたちと・ひと夏の思い出』を作るため、
今日晴れの大・中・小3基の連合渡御を行っています。
泉町の自慢は、出場している子ども神輿の中で、一番大きい神輿を担いでいることです。
皆さんご存知の『初代伊達神輿』の2分の1の大きさで、
総重量約400キロです。
町内の子どもたちは早く大きくなって、この神輿を担ぎたいと口を揃えて言っています。
今日は、連合渡御・宮入りを精一杯やりたいと思います。


桜町
桜町には大日堂があり、宇宙を支配するという『光の仏』大日如来が祀ってあります。
桜の大木が境内を覆い、春には満開の桜に染めます。
夏のこの時期は、木々の葉が涼しさを与えてくれます。
お祭りの大好きな「桜っこ」は心の和を大切にし、
和み、ふれあう地域の中ですくすくと育っています。
本日の神輿は、4月に新しく奉納されたものです。
みんな張り切っています。ご声援よろしくお願いします。


大和町
大和町は、養蚕地区に位置する町内です。
大和橋の開通により市街地と結ばれました。
それ以来、連合渡御に参加しています。
女性によるお囃子会も結成され、毎年このお囃子会とともに、
町内あげて参加しています。


金井町
金井町には、大小二基の神輿があります。
連合渡御が始まった昭和52年に新たに浅草で作ったものです。
大きさは市内でも三本の指に入ります。
毎年担ぎ手もたくさん来てくれます。
また、金井町では8月の第一土曜日に、勤行側で灯ろう流しがあります。
今年は8月6日に行います。
皆様、是非こちらの方にもお越しください。


田中町
「セイヤー・セイヤー、ワッショイ・ワッショイ」と
可愛らしい掛け声が聞こえてまいりましたのは、
駅前商店街を中心とした田中町のお神輿です。
祭りは「子ども主役・楽しい思い出をいつまでも」という思いから、
少し大きな子どもたちを中心とした
2基の子ども神輿が、毎年祭りに参加しています。
町内の子どもたちばかりでなく、青年会議所の掛け声で、
近郷近在の子どもたちも大勢参加しております。
この子どもたちに祭りを存分に楽しんでもらえるよう、
田中町青昭クラブの皆さんが見守っております。
皆さんご声援をよろしくお願いします。


旭町
旭町には大、小2基のお神輿があります。
大きい方は昭和56年に、小さい方は昭和61年に新調されたものです。
制作者は伊達組平成神輿を作りました、石橋町の人間国宝、小川政治師です。
鳳凰の足下には
書道家、浅香鉄心先生が書かれました旭町の駒札が付いております。


本城町
本城町にはお神輿が2基あります。
全体が黄金色に輝く神輿は、
大正13年に本城町青年二十日会が東京明神から譲り受けたものです。
以後、2度の修復が行われた際、神輿胴内から約280年前の
江戸時代享保年間に造られたとの記録が見つかり、
歴史の重みを感じる神輿です。
もうひとつの小さい神輿は、昭和51年に町内の山中氏より
白木本体の寄進を受け、自治会にて、金具、装飾を施して仕立てたもので、
町内の小さい子どもたちが喜んで担いでいます。
神輿とともに80年、担ぐ人は年々変わりますが、
少年時代の思い出が一杯詰まった神輿です。

末広町
明治38年、日露戦争戦勝記念に子ども神輿が出来たときから、
末広町は神輿を担いでいました。
当時、末広町は浦町という町名でした。
その頃神輿を担いでいたのは、
金井町、田町、本城町、大町、浦町とわずか5町だけでした。
昭和52年、現在の神輿に修復され、
歴史ある末広町の神輿を大切に受け継いでいます。

鷹場町
現在の御神輿は、昭和23年当時の自治会役員の方々のお骨折りにより、購入しました。
以前は樽神輿でしたので、神輿の購入は大変な喜びでした。
その後50数年、数回にわたり修理・修繕し、現在の神輿となっております。
今では鷹場町の大切な財産です。
夏祭りには健康と五穀豊穣を願いながら、みんなで楽しく担いでおります。


稲荷町
昭和15年5月15日、稲荷町で大火災がありました。
一面の焼け野原に町民の落胆は計り知れないものがありました。
稲荷町の大神輿は、その年の夏からのデビューでした。
その雄姿は稲荷町に活力と希望を呼び起こしました。
稲荷町には他に二つの神輿があります。
それは、稲荷町にはもともと子どもが多く、担ぎたくても担げない子どもが沢山いて、
それを見かねた親たちが約50年前にひとつ作り、
その後またもうひとつの神輿を作りました。
ですから3基の神輿には稲荷町の歴史と親たちの心が詰まっています。
毎年三基の神輿を渡御するのは、そのことを後世に伝えていきたいからです。
粋でいなせで、綺麗なもみ方の稲荷町神輿をご覧下さい。

大町一丁目
大町一丁目の子ども神輿は、
明治28年日清戦争の戦勝記念に購入された伊達神輿と、
時を同じくして大町に迎えたそうです。
その雄姿は伊達神輿に良く似ているといわれますが、皆さん、いかがでしょうか?
また、市内の神輿では最も由緒ある神輿のひとつです。

大町二丁目
この神輿は、昭和53年に造られました。
それから今日まで町内をあげて、夏祭りを盛り上げてきました。
三年前より、お囃子の会「鼓幸」さんの威勢のいいお囃子をバックに、より一層頑張っています。
お宮入りは最後になります。応援よろしくお願いいたします。
田町
国道50号線と駅前通り交差点の東西一帯が田町です。
季節になると銀杏並木が綺麗な町です。
町内の田中稲荷神社に子ども神輿大・中・小・三基を奉納し、
元旦祭、初午祭、夏越祭(輪潜り)、夏祭り(祇園祭り)のイベントがあり、
お祭り好きな人が多い町です。
二番目の大きさの神輿は大正14年生まれで、
浅草三社祭りの神輿に似ています。
新調した神輿は全高1900o、重さ約400kgで、三基の中でも一番大きいものです。
渡御は「三日月会」が運営しています。
そして何よりも田町が生んだ陶芸の巨匠板谷波山は
全国にも有名で、俳優榎木孝明が板谷波山に扮し映画化されました。
町内にある波山記念館には、遠方からも見学者が訪れています。
|